まなぶ

つくる

つなぐ

歴史keyboard_arrow_right

原爆投下と復興都市計画

更新:2025.06.07

1945年(昭和20年)8月6日、原子爆弾の投下により、爆心地に近かった基町は壊滅的な被害を受けました。

1946年(昭和21年)、戦後の復興都市計画で、焼け野原となった広大な土地は公共用地(東側は官公庁・病院・学校、西側は公園用地)として計画されました。しかし、戦災者や外地引揚者のために、西側公共用地を住宅地に変更し、応急住宅・木造公営住宅などが建てられました。

home