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1945年(昭和20年)8月6日、原子爆弾の投下により、爆心地に近かった基町は壊滅的な被害を受けました。
1946年(昭和21年)、戦後の復興都市計画で、焼け野原となった広大な土地は公共用地(東側は官公庁・病院・学校、西側は公園用地)として計画されました。しかし、戦災者や外地引揚者のために、西側公共用地を住宅地に変更し、応急住宅・木造公営住宅などが建てられました。
築城から軍都広島の中枢へ
原爆投下と復興都市計画
戦後復興期
基町地区再開発事業